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「杉の花粉」の独断と偏見に満ちた愛読書紹介コーナー

「杉の花粉」の独断と偏見に満ちた愛読書紹介コーナー

20 「うつ」患者は、頭が悪いの?

「うつ」患者は、頭が悪い・・の?

 じゃ。
 「最悪の関係」になってしまった「妻」だが。
 彼女「うつ」の先輩になる。

 そして彼女は。
 実質的には「定時制の高校」しか卒業(で)ていないのだけれど。
 「一度、話し始める」
 私なんかでは・・トテモじゃないが歯が立たない

 いちおーは。
 「地元だけ」じゃ、其れなり名の知れた大学出てるのだけど。
 書いた処・・み~んな、きっと知らないしっ!
 ・・・だからなの・・か!?

 兎に角。
 まぁ。凄いのだ。
 「会話」の途中
 「それって如何云う意味なの?」って私が聞き返す・・と。

 「こう私が言ったので
 「貴方は、こう言う決まってる」
 「それに対して。が、こう答え・・と」
 「『結論』なんか、直に判っちゃうじゃない。」
 「面倒なので『結論』までを、素っ飛ばして・・」

 「そう言ったの!」
 「貴方・・まさか理解できないの?」
 普通・・判るものなの・・か?

 彼女「将棋の読み」のよーな「結論」は。
 確かに「導かれるべき結論」に「間違いはない」のだけれど。

 「1つのこと」を考え始める・・と。
 「高速回転」して止まらない
 でも。
 「本を読んでいない」から「適切な言葉」なんて思い付かない
 そんな「彼女の話」なんて
 今まで「周りに居た人々」・・理解出来るハズない

 だって。
 哲学「実存主義の根本概念」
 物理学「ステファン・ホーキング以降の宇宙論」「量子力学」
 生物学「適者生存じゃない進化論への推論」・・・

 「そんな話(概念)」を。
 まるで「今日のお天気」みたい話されたら
 「周りの人々」「思わず引いてしまう」のは・・仕方ないこと。
 「気の毒」なのは、彼女じゃなく・・「周りの人々」ある

 だから。
 「今の話って、ショウペンハウアー言ってた」とか
 「そのコトを、アインシュタインが方程式にしてる」なんて
 余り賢くない私なのだけれども
 「それなりの言葉」を教える・・と。

 彼女は。
 「基礎的な哲学書」「ブルーバックス」なんてモン
 ぜーんぶ「読破した人」なってしまった
 彼女が「幼い頃から自分自身で考えてたコト」
 単に・・「文字(書物)になったダケ」なのだから。

 が。
 如何しても読めなかった「ニーチェ」の『ツェラトゥーストラかく語りき』
 彼女「平気な顔」で、一気に通読して。
 「この人『こんな簡単なこと』を・・如何して『遠回し』にブツブツ言ってるの?」
 なんて・・抜かしやがった
 確かに
 「彼女の言った」通り東大なんてトコ出た「学者諸氏」が「解説してる」のだけど。
 当然「そんな解説」なんて・・彼女が知ってる訳がない

 か。「博学だって自慢の人」
 一度・・彼女と「お話」したら良い
 「知っていると云う人」「直に理解出来ちゃう人」『差』
 存分に「思い知らされる」だろーから。
 
 歌人「斉藤茂吉」で、「精神科医」を兼業する作家「北杜夫」が書いていたのだが。
 精神分裂症患者を、初めて診た時
 「『彼』が言うコトは、筋が通っていて反論できないのだが、如何考えてもオカシイ。」
 「恰(あたか)も『ボタンを掛け間違えたYシャツ』のようで・・」
 「『ボタンは整然と並んでいる』けれど、全体として見れば滑稽な、その姿に似ている」と。

 そう。
 「最初のボタン」掛け間違えた
 「それだけ」が、『彼』「健常者」『違い』なのである。
 でも。
 最初に「掛け違えたボタン」「そのまま掛け続けていく」「酷く滑稽になる」ように。
 最初の「『彼』の発想(最初のボタンの掛け違え)」を健常者は、決して「しない」ので。
 『彼』が導き出す「結論」は、一般社会に受け入れられることはない

 「うつ」患者は。
 「1つのコト」真剣に考え始めると、誰にも、自分自身ですら・・止められない
 だから。
 「外に出るコト」は勿論「誰とも話すコト」すら出来なくなる

 それ「一見(いっけん)する」と。
 「考えるコトが出来ない」「何も考えていない」ように「見える」のだが
 決して「阿呆」なんかじゃない・・と思う。
 「1つのこと」に頭がフル回転して「他を考える余地がない」だけなのだろう。

 卑近な例だが。
 「片思い」「失恋直後」なんて状態で。
 「そんなコト」なんて幾ら考えても仕方ないじゃない。「好きなコト」でも考えれば?
 って言われる状況に・・すこおし「似ている」のかも知れない。
 そこで。
 「美味しいケーキが食べたい」なんて「言うこと」が出来れば
 そんな「恋」なんて・・始めから如何でも良かったのだろう

 そして。
 「うつ」が酷くなると、異常に「神経質」になる
 だから。
 「腫れ物に触る」ような「気遣い」なんて敏感に察知してしまう
 それで居て。
 「親身」に「気遣う人」には・・直には『反応』出来ないのだけれど
 「その暖かさ」は、ズッと心に残る
 同じ「気遣い」でも。
 「腫れ物に触る」のと「親身」では、全く違う「印象」残ってしまう
 そして。
 「うつ」患者は、「その印象」を決して忘れることは・・ない

 だから。
 「うつ」患者が、身近に居れば
 「遠くから見るだけ」にして、決して「関わるベキじゃない」と思っている。

 如何しても「関わらねばならない」のなら。
 「全部を引っ被る覚悟」なら「親切な対応も良い」が・・
 「そんな覚悟」なんて「誰にも出来ない」だろーけど
 「その場凌(しの)ぎ」の「場当たり的な対応」が「駄目」なのは勿論のこと
 少なくても「腫れ物に触る」のではなく「素っ気無い態度」に徹すること。

 「普通の生活」していて
 「他人(知らない人)」が如何してよーが「自分にゃ関係ない」だろう?
 でも。
 「自分に関わってきた人」が、「敵」なのか「味方」なのか?瞬時に判別してる

 そうでなきゃ。
 「海のお外の独り旅」から、生きちゃ帰れない
 「危機意識が希薄な日本人」なので(日本人の)一般常識なのか」は良く知らない・・が。

 「素っ気無い態度の人」って
 「敵」でも「味方」でもない「単なる通行人(その他大勢)」「同じ」である。

 「うつ」患者なら。
 「これ以上自分が酷い状態になるコト」は、極力・・事前に避ける
 だから。
 「素っ気無い態度の人」には。
 「その人」が、「実際は如何云う人だ」としても、決して「悪く」考えたりはしない
 「その行為」が「悪意に根ざしている」なんて「考えること」すら・・嫌なのだ。
 「悪意が有る」と考えてしまう・・と
 「『うつ』の袋小路」に「迷い込む」コト判っているのだから。

 そのため。
 「素っ気無い態度の人」の「仕打ち」なんて
 「忘れはしない」が、「悪意はない」と出来るだけ考えようとする
 或る意味「本能的な自己防衛の一つ」である。
 だから。
 少しも「気にするコト」なんて・・ない

 でも。
 「うつ」状態の時って
 ドンナに「強がって」いても「酷い孤独感・焦燥感」に苛(さいな)まれている
 そんな時に。
 少しでも「優しい言葉」を投げかけられたら・・直頼ってしまう
 「溺れる」時の「藁(わら)」
 忽(たちま)ち「味方だ」思い込んでしまう
 だから。
 しょうもない「人類愛」なんてモンでの
 「場当たり的な対応(親切)」は、絶対に止めた方が良い

 「うつ」患者は、只でさえ「神経過敏気味」なのだ。
 それが。
 一度でも「味方だと思った人」から
 少しでも「冷たい仕打ち」されちゃったら「堪ったモン」じゃない
 そんな人
 「二度と信じる」なんて・・しない

 「親切」にしたのに「ウラマレ」てしまうのだ。
 最初の「親切な対応」・・「馬鹿みたい」じゃないか。

 「うつ」患者は。
 「自分のコト」すら「満足に出来ない」のだから
 「ワザワザ他人に悪いコトをする」なんて、出来るハズがない
 他人に「悪さ」する「余裕」があんのなら・・先に「テメエの生活」を如何にかしてる
 
 そして。
 「誰」に対しても「出来るだけ悪く思わない」ようにしながら生きていく
 先述したよーに。
 「同じこと」バカリをズッと考え続け抜け出せない「『うつ』の袋小路」なんて
 「真っ平御免」である。

 そんな結果
 「うつ」患者・・「阿呆」で「何も出来やしない」
 なんて「考える人が多くなる」んだろうけれど。

 「うつ」症状千差万別
 「指紋」のよーに、「人に因って異なる」のだから。
 ここに書いた私「妻」の症状が
 「全てに当て嵌(は)まる」なんて自信は・・ないのだけれど。

 「うつ」患者に。
 「親身」になって、世話を焼いたり
 「阿呆で何も出来やしない」と思って、「酷い仕打ち」をしたり
 でも。
 その「仕打ち」を。
 「うつ」患者・・決して忘れはしない

 「うつ」の間「身動き出来ない」けれども。
 「親身になって世話してくれた人」が、何時か「災難にでも巻き込まれた」なら
 「捨て身」で「何とかする」だろう。
 それ位
 「うつ」状態での「仕打ち」
 「うつ」患者に取って・・重い

 「うつ」患者は、決して「阿呆」ではない・・多分
 そして。
 『触らぬ神に祟りなし』
 兎に角。
 「真剣に怒らせちゃマズい」のだよっ!


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